AI時代のサイバー対策は
「パッチを急ぐだけ」では足りない
2026年5月、金融庁と日本銀行が公表した「フロンティアAIによる脅威変化を踏まえた金融機関等の短期的な対応」。通称「AI脅威対応9項目」です。
医療機関への直接義務ではありませんが、電子カルテ・レセコン・委託先管理・BCPという論点は、病院・クリニック・薬局にも共通します。
AIの性能向上は、医療現場の業務効率化に役立つ可能性がある一方、サイバー攻撃の速度と規模を変える要因にもなります。特に問題になるのは、「見つかってから対処するまでの時間」がこれまで以上に短くなることです。
本記事では、9項目の中身を医療機関向けに分かりやすく解説し、自院のサイバー対策と診療継続にどう活かすかを整理します。
※ この要請は金融機関等を直接の対象とするものです。医療機関に同じ9項目が直接義務付けられたものではありませんが、考え方は大いに参考になります。
1. なぜ「AI脅威対応」が必要なのか
金融庁の資料では、フロンティアAIの発展により、従来は発見が難しかった脆弱性が短期間に多数見つかる可能性や、脆弱性の発見から攻撃に至るまでの期間が短縮する可能性が示されています。
高度な攻撃のために必要だった技能の一部がAIによって補われれば、攻撃者の裾野が広がる懸念もあります。
政府の「Project YATA-Shield」も、AIの悪用リスクを前提に、重要インフラ事業者やソフトウェアベンダーなどの対応を強化する方向性を示しています。
2. 金融庁のAI脅威対応9項目を読み解く
金融庁・日本銀行が示した9項目を、医療機関の実務に置き換えて解説します。
フロンティアAIへの対応を経営課題として扱う
金融庁は、対応をIT・サイバーセキュリティ部門だけに任せず、経営トップの関与の下で、業務・リスク管理・IT・財務などが横断して対応するよう求めています。
優先的に対応すべきサービス/ITシステムを特定する
全ての脆弱性やシステムを同じ速度で対応することは現実には困難です。外部公開される重要システムなどを特定し、リスクに応じて資源を配分する考え方が示されました。
特定した資産の技術負債を解消しておく
不要なネットワークポートの閉鎖、不要な特権IDの削除、未適用パッチの解消、サポート終了製品の更新が例示されています。
パッチ適用に係る人的リソースを追加する
パッチ適用は更新作業だけでは終わりません。影響確認、優先度評価、テスト、利用者への周知、障害時の切り戻しまで必要です。ベンダー側の体制確認も求められています。
ベンダーとの維持保守契約の内容を確認する
パッチ適用が契約に含まれるか、役割分担が明確か、夜間・休日にも対応できるか、SLAを守れる体制があるかを確認するよう求められています。
| 確認項目 | チェックポイント |
|---|---|
| パッチ作業範囲 | 評価・適用・検証のどこまでを誰が担当するか |
| 夜間・休日対応 | 連絡先、初動・復旧の目標時間 |
| 遠隔保守アクセス | 承認・記録・権限管理の手順 |
| 契約範囲の抜け漏れ | クラウド・電子カルテ・レセコン・ネットワーク・端末 |
| 重大脆弱性時の優先度 | 複数顧客が同時対応になった場合の連絡方法 |
パッチ適用プロセスをリスクベースにする
CVSSのような脆弱性スコアだけで優先順位を決めず、自組織への影響や実際に攻撃が成立する可能性を踏まえて評価するよう示されています。
パッチ適用以外の対策も強化する
WAFによる仮想パッチ、ボット対策、ネットワーク分離、多要素認証、EDRなどが例示されています。侵入や横展開の可能性を下げる多層防御の考え方です。
優先サービス/ITシステムの停止に備える
防御策を講じても攻撃を防げない場合を前提に、システム停止や被害拡大を防ぐための能動的なサービス停止を選択肢として検討するよう求められています。
外部との連携を維持・強化する
AIに関する脅威情報は更新が早く、1組織だけで網羅することは難しいため、業界団体やコミュニティから情報を得て、自組織の取組も共有するよう示されています。
3. 医療機関が今確認したいチェックリスト
- 電子カルテ・レセコン・検査・画像・ネットワーク・外部公開サービスの管理台帳と責任者を確認した
- 診療継続への影響、外部公開の有無、代替運用の可否で優先順位を決めた
- サポート終了のOS・ソフトウェア・ネットワーク機器を把握した
- 共有ID・退職/異動者アカウント・不要な特権IDを点検した
- 緊急パッチ時の評価、テスト、適用、切り戻し、院内周知の担当を決めた
- 保守契約の対象範囲、夜間休日の連絡先、緊急対応の責任分界を確認した
- バックアップの対象・保存先・復元手順と、紙運用等の代替手段を確認した
- システムを限定・停止する判断者と、患者・職員・取引先への連絡手順を決めた
- 厚生労働省の最新チェックリストを使い、定期的な見直しの予定を立てた
4. 実務対応は「4週間の見直し」から始める
大規模な更改計画が必要な課題もありますが、最初の一歩としては4週間で重要な論点を可視化できます。
資産と優先業務を洗い出す
診療を支えるシステム・外部公開サービス・保守会社・管理者を一覧にし、停止すれば診療に大きな影響が出る業務を部門ごとに確認します。
脆弱性と技術負債を把握する
サポート終了品・未適用パッチ・不要なアカウントや外部接続・構成が不明な機器を洗い出し、直ちに更新できない項目の暫定策を検討します。
ベンダーと緊急対応をすり合わせる
連絡窓口・対応時間・作業範囲・テスト環境・切り戻し手順を確認し、複数ベンダーが関わる場合は責任の境目で作業が止まらないようにします。
停止・復旧の机上訓練を行う
「重大な脆弱性が見つかった」想定で、連絡・判断・代替運用・復旧・広報の流れを確認し、手順の不備を実行可能な計画に直します。
5. 365メディカルの見解:AI時代ほど、基本対策の実行力が問われます
AIをめぐる脅威の変化は、新しい専門用語や製品を増やす話に見えるかもしれません。しかし実務上の核心は、資産を把握する・優先順位を付ける・権限を適切に管理する・委託先との責任分担を確認する・復旧を試すという基本対策です。
厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第7.0版」は、医療機関等にガイドラインの遵守を求めるとともに、優先して取り組むためのチェックリストを公表しています。
金融分野の9項目を医療機関へそのまま当てはめる必要はありませんが、両者に共通するのは、経営・現場・IT・事業者が連携し、リスクに応じて対応を継続するという考え方です。
医療機関では、診療を止めないことと、危険な状態を放置しないことの両立が必要です。自院のシステム構成と診療体制に合わせ、実行できる範囲から優先順位を定めてください。
よくある質問
医療情報システムの棚卸し・BCP整備のご相談
電子カルテ・周辺システムの運用整理、委託先との責任分担確認、医療IT BCPの見直しにお困りの場合は、365メディカルへご相談ください。
365メディカルの支援サービスを見る用語集
- フロンティアAI
- 高度な能力を持つ先進的なAIモデルを指す言葉。本記事では、脆弱性の発見や攻撃コード生成など、サイバーセキュリティに関する能力の向上が論点となっています。
- 脆弱性
- ソフトウェア・機器・設定・運用などにある安全性上の弱点。悪用されると不正アクセス・情報漏えい・システム停止などにつながる可能性があります。
- パッチ
- ソフトウェアの不具合や脆弱性を修正するために提供される更新プログラム。
- CVSS
- 脆弱性の技術的な深刻度を数値化するための共通評価指標。数値だけでなく、自院の環境で悪用される可能性や業務影響も合わせて判断する必要があります。
- WAF(Web Application Firewall)
- ウェブアプリケーションへの攻撃を検知・遮断する仕組み。仮想パッチとして活用される場合がありますが、ソフトウェアを恒久的に更新する代わりにはなりません。
- EDR(Endpoint Detection and Response)
- PCやサーバーなどの端末で不審な挙動を検知し、調査・対応を支援する仕組み。
- BCP(事業継続計画)
- 災害・サイバー攻撃・システム障害等が起きても重要業務を継続し、早期に復旧するための計画。医療機関では診療継続と患者安全の観点が重要です。
引用・参考資料
免責事項
本記事は、2026年10月7日時点で公表されている行政資料等をもとに、一般的な情報提供を目的として作成しています。金融庁・日本銀行の「AI脅威対応9項目」は金融機関等を対象とする要請であり、医療機関に対して同一の対応を直接義務付けるものではありません。医療情報システムの安全管理、委託先との契約、個人情報の取扱い、システム停止時の診療継続に必要な対応は、施設規模・診療内容・システム構成・地域・契約内容その他の個別事情により異なります。本記事は、法律、医療法、個人情報保護、診療報酬、契約その他の専門的助言を提供するものではありません。個別の判断は、厚生労働省等の最新情報、システム・サービス事業者、顧問弁護士その他の専門家にご確認ください。また、記事公開後に制度、ガイドライン、脅威情報、製品のサポート状況等が変更される場合があります。最新情報は、関係行政機関・公的機関の公式情報をご確認ください。